1.概要
士業は高度な専門資格を必要とする職業で、登録を受けたもので無ければ業務範囲の仕事を業として行うことは出来ません。この士業固有の独占業務範囲を「業際」と言います。
行政書士は官公署に提出する書類や権利・事実関係証明の書類(他士業独占などの制限を受ける部分除く)を作成することが出来ますが、行政書士で無い者が実質的に行政書士範囲の書類作成を行ったり、また行政書士が他士業範囲の業務を行ってしまうケースがあります。
個人的に、行政書士開業前後に叩きこむべきは「業際問題」だと思っています。
他士業独占と知らずに踏み込んでしまい刑事罰を受ければ一巻の終わりですし、他の先生から安易に勧められることもあるかもしれません。
本人申請と言う形ならばOKなど解釈の違いはあるかもしれませんが、基本的に争いがある部分には踏み込まないのが無難かと思います。
不安ならば士業の連合会に聞くのもアリでは無いでしょうか?
(例)「とても仲の良い友人が不動産登記をしようとしているが、自分では出来ないらしいので少し手伝ってあげたい。もちろん報酬は頂かないし書類作成手伝いと付添をするだけ。法務局にも事前に確認するつもり。」→友人だと際限が無くダメかもしれませんが、確認しないよりはマシかもしれません。
2.士業の業務範囲
(1)各士業業務
士業名 | 業務内容 | 独占業務 | ご参考(e-Gov) |
---|---|---|---|
行政書士 | 役所へ出す書類作成・申請代理、権利義務・事実証明に関する書類作成(他士業範囲を除く) | 左のうち他士業による制限範囲や一般人が出来る範囲を除く全て。 ※会計記帳や家系図、ただの図面作成は事実証明になるが、一応誰でも出来る。 | ・行政書士法 1条の2、1条の3、19条 |
弁護士 | 法律全般の相談、書類作成。訴訟・非訟事件の代理など | 紛争案件に係る訴訟代理や交渉、非訟事件における手続代理など。 税理士と弁理士業務も行えるので、その範囲は重なる形で独占。 | ・弁護士法 3条、72条 |
司法書士 | 権利登記、裁判所への提出書類作成 | 不動産の権利登記や商業登記。 裁判所への提出書類作成や、140万円以下の簡易裁判所での訴訟代理。→弁護士と合わせて独占。 | ・司法書士法 3条、73条 |
会計士 | 監査業務やその証明 | 財務書類の正当性をチェックし、独立した第三者として公に証明する。 法定監査(法律の定めに応じて受ける)と任意監査(利害関係人の要請に基づく)。 | ・公認会計士法 2条、47条の2 |
税理士 | 税申告や税務に関する書類作成や相談対応 | 確定申告書作成や相続税計算、それらの申告代理など。 | ・税理士法 2条、52条 |
社会保険労務士 | 労働・社会保険や年金、安全衛生や労使関係の書類作成、代理 | 労働・社会保険の適用。労働保険の年度更新や社会保険の算定。 就業規則の作成。年金請求。安全衛生管理、労務診断。 その他、社会保険労務士法別表1の法令に基づく助成金申請など。 | ・社会保険労務士法 2条、27条、別表1 |
弁理士 | 知的財産関係。特許庁に提出する書類作成や代理 | 特許、実用新案、意匠若しくは商標又は国際出願、意匠や商標に係る国際登録出願の手続代理など。 | ・弁理士法 4条、75条 |
土地家屋調査士 | 不動産表示登記、筆界特定。調査や測量 | 不動産の表示登記や筆界特定に係る書類作成や手続代理。そのための調査や測量。 | ・土地家屋調査士法 3条、68条 |
海事代理士 | 船舶登記など海運関係の登録や申請 | 船舶登記・登録や検査申請、船員に関する労務、その他海事関係の許認可申請の書類作成や手続代理。 | ・海事代理士法 1条、17条 |
不動産鑑定士 | 不動産の鑑定評価 | 不動産の客観的価値に作用する諸要因に関する調査・分析。不動産の利用、取引・投資に関する相談対応。 | ・不動産の鑑定評価に関する法律 3条、36条 |
宅地建物取引士 | 不動産業者の専任 | 土地建物の取引や代理、仲介業における専任。 | ・宅地建物取引業法 2条、12条、31条の3 |
ファイナンシャルプランナー | 資金計画、資産運用、リスク管理(保険見直し)、節税に関する助言 | 無し ※資金計画の他はいずれも一般的な助言に限られる。金融商品取引業として登録を受けていなければ投資助言や判断は出来ないし、保険募集人でなければ保険の募集・勧誘や販売も出来ない。税計算も税理士でなければできない。 | |
中小企業診断士 | 経営コンサルタント | 無し ※ただし経営改善計画書や経営診断書など、公認会計士や中小企業診断士が作成したものを求められることがある。 | |
マンション管理士 | マンション維持・管理のコンサル | ||
測量士 | 測量の計画と実施 | ||
通関士 | 通関業者における通関業務従事者 | 通関書類の審査や記名・捺印 | ・通関業法 2条、13条、14条、41条 |
技術士 | 科学技術コンサル | 無し ※ただし業界によっては優先的に登録を受けられたり、公共工事入札での加点や受注金額上限アップに繋がる。 | ・技術士法 2条、57条 |
社会福祉士 | |||
介護福祉士 | |||
臨床工学技師 | |||
(2)行政書士ができる業務やNG例
カテゴリ | 内容 | 可否 | 備考 |
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許認可 | 行政書士が許認可(建設業許可や農地転用など)に必要な書類の作成をし、提出の代行や代理を行う | 〇 | 行政書士の代表的な独占業務。 代理権も認められているので、申請者の委任状があれば、行政書士が代理人として書類の修正や提出ができる。 |
相続 | 行政書士による故人の銀行口座解約や、相続人への振込 | 〇 | 士業以外でも、金融機関が代理人として認める者であれば可能。 ※(例)配偶者や2親等以内の親族。金融機関へ事前の確認が必要。 |
不動産 | 行政書士による不動産の相続登記や所有権移転登記など | × | 司法書士の業務範囲のため不可。 書類の下書き作成のみ行い、本人に申請させるのも書類作成やサポートになるので×。 表題登記も土地家屋調査士業務なので当然に不可。 |
会社設立 | 行政書士による、設立する会社の定款作成や認証 | 〇 | 公証役場は法務局とは異なり、定款作成は行政書士の業務範囲となる。 登記の付随業務として司法書士にも開放されている。 |
会社設立 | 行政書士による、設立する会社の発起人議事録、取締役就任承諾書、払込証明書などの作成 | 〇 | まさに「権利義務・事実証明に関する書類」で他の法律で制限されていないため、可能。 |
会社設立 | 行政書士による会社の設立登記や変更登記 | × | 司法書士の業務範囲のため不可。登記申請書のみ作成し本人申請という形にしても×。 ※議事録などの添付書類は可能。 |
成年後見 | 行政書士による成年後見申立 | × | 成年後見申立の書類作成は弁護士又は司法書士。代理申立は弁護士のみが可能。 |
成年後見 | 行政書士による任意後見契約の文案起案 | 〇 | 成年後見において行政書士が業としてできる業務は「これのみ」。 |
成年後見 | 行政書士が法定後見人、補佐人、補助人に就任する | 〇 | 欠格事由(e-Gov民法847条)に該当しなければ誰でもなれる。 ただし候補者に立てても選ばれるとは限らない。 |
証明書取得 | 行政書士が正当な請求者から「委任状を得て」、戸籍、住民票、身分証明書、登記されていないことの証明書等の収集を行う | 〇 | 本人からの委任状があれば誰でもできる。 ※ただし、中には親族や特定の士業でないと代理取得できないものもある。 |
成年後見 | 行政書士が後見人として本人に代わり登記や供託行為の代理をする | △ | 法定後見の場合は可能。 移行型任意後見における委任代理人では不可(司法書士に依頼するのは可)。 任意後見人としては任意後見監督人の同意があれば可能「だろう」とのこと。 |
内容証明 | 依頼者が文案を作成した上で、行政書士が法的判断を含まず清書的な意味あいに留めた内容証明作成を行う | 〇 | 送付相手に対して事実・権利をただ伝達する意味ならば可能。 ※例えば相手の忘失や単なる無反応に対して念を押すような意味あい? |
内容証明 | すでに紛争に発展していたり、内容証明を送ることで紛争性が生じ得る場合の、行政書士による内容証明作成 | × | 弁護士業務に踏み込む可能性があるので危険。 ※「~は~という解釈になるから~せよ」といった意味合いだと喧嘩を吹っかけていることになり兼ねない。 |
その他 | 鑑賞用の家系図を作成するために、行政書士が職務上請求書を用いて戸籍収集をする | × | 家系図作成は誰でも行える業務なので不可。 |
遺言 | 行政書士が司法書士の相続登記を手伝う目的で、相続関係説明図や遺産分割協議書を作成すること無く、相続人調査のために職務上請求書を使用して戸籍等を取得する | × | 実質的には相続人確定の為のようだが、相続関係説明図などの成果物が無いと業務の正当性が証明し難いし、戸籍等の収集が目的と取られ兼ねない。 依頼者からの直接の受任が無ければ、それも問題になり得る。 |
その他 | 行政書士が探偵から身辺調査のためと依頼を受け、職務上請求書に虚偽の目的を記載のうえ、戸籍等を取得する。 | × | 明らかに犯罪。 2023/10にも逮捕者が出ている。 |
相続 | 行政書士が、相続における法定相続情報一覧図の作成と写しの交付申出のために職務上請求書を使用して戸籍収集する。 | 〇 | 相続関係説明図と同じで相続人確定を目的とした書類作成のため可能。 ※日行連の職務上請求書取扱説明書にも記載例あり。 |
相続 | 行政書士が本人申請という形で、土地等の相続登記手続に必要な書類作成の手伝いをする | × | 司法書士の業務範囲。 ※本人申請が可能なら、そもそも士業業務が成り立たないはず。許認可等で同様のことをされても文句が言えなくなる。 |
その他 | 行政書士による会計記帳の代行 | 〇 | 誰でも出来るので行政書士も当然できる。 ※確定申告や税計算・申告はダメ。 |
その他 | 行政書士による、他士業独占部分以外でのCADなどを用いた図面作成 | 〇 | 許認可での添付書類ならば行政書士業務。 ※士業業務(役所等へ提出する証明など)でない図面作成ならば誰でも出来る。 |
契約書 | 依頼者が契約内容を指示し、行政書士がその内容に沿った契約書の文案を作成する | 〇 | 行政書士が契約内容の追加や削除を行わなければ可能です。 つまり清書的な意味合い。 ※内容の法的チェックや不備等の助言程度ならば可能。 |
助成金 | 社会保険労務士法別表1の法令に基づく助成金に関して、行政書士が申請手続や書類作成のサポートをする | × | 社労士の業務範囲のため不可。 |
交通事故 | 行政書士が本人に代わり交通事故証明書を代理取得する | 〇 | 行政書士にも代理権があるので、委任状があれば可能。 ただし、インターネット申請では本人申請しかできない。 |
交通事故 | 行政書士が事故現場等での事故原因調査を行う | 〇 | 事実確認業務なので可能。 |
交通事故 | 行政書士が自動車損害賠償保険の保険金請求に係る書類を作成する | △ | 請求代理や示談交渉は勿論、法的判断や内容指示も出来ない。 報酬を予定して依頼を受けるのも不可。 書類整理や清書的な意味あい。 ※書類作成に関する費用のみを請求するならば可能という見解。 |
債券回収 | 債務者が死亡した場合に、行政書士が債権者からの依頼により職務上請求書を用いて債務者・相続人の戸籍取得を行う | × | 支払催告などの内容証明を作成する目的であれば可能と言う見解。 債務者関係調査の為の戸籍調査ならば不可。 ※職務上請求書を使わずに、正当な債権者から委任状をもらって行うのが無難そうではある。 |
外国人 | 行政書士が外国人技能実習の監理団体の外部監査人へ就任し監査業務を行う | 〇 | 業務内容的には社会保険労務士の業務範囲も含まれるが、士業でなくても誰でも就任することができ、勿論行政書士も就任できる。 ※外国人技能実習制度では、監理団体が外国人受け入れ企業に対して、適正な実習内容や労務管理、人権侵害の有無などの監査を行う。 外部監査人は、監理団体に対して上記の監査やその他運営が適正に行われているかを外部的に監査する立ち位置。 |
許認可 | 行政書士で無い者が一時的に企業の一員に所属し、従業員として許認可の本人申請を行う | ? | 罷り通れば行政書士の独占業務の意味が無くなるが、実際のところどうなのだろう? |
建設業 | 税理士が顧問先企業の財務諸表作成や確定申告を行うついでに、決算変更届書類を作成する | × | 本人申請という形で作成のみ行うのもNG。 |
(3)職務上請求書について
八士業(弁護士、司法書士、行政書士、弁理士、税理士、社会保険労務士、土地家屋調査士、海事代理士)では、職務遂行に必要な範囲で第三者の住民票や戸籍謄抄本、戸籍附票を請求することが出来ます。
その時に用いるのが「職務上請求書」です。
戸籍や住民票といった書類は重要な個人情報が含まれるため、不当な請求が行われれば重大な人権侵害になり兼ねません。
ですので、職務上で本当に必要な場合のみの請求に限られています。
以下、行政書士における職務上請求書の使用可否について記載します。
行政書士を基準に業務を大きく分けると以下の4つになるかと思います。
①行政書士のみが出来る業務:建設業許可や農転など
②行政書士と他士業が 〃 :定款認証、遺産分割協議書作成など
③他士業のみが 〃 :訴訟代理や交渉(弁護士)、権利登記(司法書士)など
④誰でも 〃 :家系図作成、会計記帳など
行政書士で職務上請求書が使えるのは①②の業務のみ。
実は③④の業務だったり不正な目的であるのを隠して、①②と偽って職務上請求書を用いるのも当然ダメです。
しかし残念ながら、そのような不祥事が相次いでいます。
当事務所では基本的に、戸籍や住民票等の取得においては正当な請求者からの委任状を頂くことにしており、職務上請求書は依頼者側の労力や必要性を考慮した上で止むを得ない場合のみ使用する形にしています。
日行連も職務上請求書の適正利用を意識づけるために、以下の3点を大原則にしています。
①書類作成業務を行うために必要
※他士業範囲や誰でも出来る業務での使用は不可。
②本人からの直接依頼、かつ本人確認を行ったうえで受任
※本人からの直接委任のみ。復代理だと本人から了承を得た代理人が誰にでも頼めてしまうので不可と取れる。
また以下のような危険性もあり得る。
例えば別の士業等からの依頼で、依頼者本人から直接の了承や業務委任状を得ずに相続を目的として職務上請求書を使用して戸籍を取ったとする。
その後もし成年後見申立に使われた等のオチがあった場合、行政書士は身を守れなくなる可能性がある。
③請求内容と提出先が適正
※①②を踏まえた上で正確に記載して使用。
-日行連からの注意喚起
・2024/03:家系図作成業者と業務提携して職務上請求書を使用しないこと
(4)判別が難しい部分
他士業業務(行政書士以外)のうち、行政書士でも作成や準備可能な書類があります。
例えば、相続登記に係る相続関係説明図(または法定相続情報一覧図)や遺産分割協議書の作成。
商業登記においての定款や総会議事録、同意書や就任承諾書は行政書士でも作成可能です。
ここで生じる疑問は「では添付書類の準備やサポートなら全て可能か?」という点。
他士業に引き継ぐ際は万全に準備した上で引き渡そうとするでしょうから、一見正しそうに見えます。
では本人申請の場合において添付書類が全て揃っているか等のチェックはどうでしょう?
何か・・・違和感がありそうです。
個人的見解ですが、この違和感の正体は責任の所在なのでは?
他士業業務において、例えば本人申請で不備を指摘された場合、その責任箇所がキーになると思うのです。
・行政書士が申請書を作成または指示した → 申請書作成における責任:NG!
・ 〃 が添付書類が揃っているかの確認をした → 申請自体の責任:NG?
・ 〃 が一部の添付書類を作成した → 添付書類作成に係る責任:OK
※実際に法務局へ「滅失登記の本人申請において、行政書士による添付書類チェックは可能か」の旨の問い合わせをしましたが答えはNOで、申請サポート窓口を利用して頂くようにとの回答でした。
3.ご参考HP
-行政書士中村俊介事務所/行政書士ができること/できないこと【士業の業際についてざっくりと解説】
4.更新履歴
・2023/11/02:ページ公開
・2024/02/29:「2」追記
・2024/03/07:「3」追記
・2024/03/16:「2」追記
・2024/04/18: 〃
・2024/06/15: 〃